2019年05月26日

おおやけとパブリック

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朝日新聞天声人語氏から。
「おおやけ」と「パブリック」、本来同じ意味である筈なのに、どこか語感が違うとおっしゃる。それで語源を調べられたら、「おおやけ」はもともと「おほ(大)やけ(宅)」で、本質的には「お上」だというのである。一方「パブリック」はラテン語の人々から派生したそうで、「公共」の意味が生き生きしてくるとあった。逆に言うと、我が国の場合は、お上が知らしめるという意味からの「おおやけ」だということなのである。
「お上」のお達しを我々の先輩たちは忠実に守った。とりわけ江戸時代以降はそうだったのだろうが、なぜか大坂人達はそんなお達しに、結構意図的に逆らったようだ。だから大阪のおばちゃんたちの衣装が派手なのだという、テレビ番組を見た。時は天保、「倹約令」が出て、「華美な服装はさけるように!」のお達しも、馬耳東風、大坂商人の経済力で知らぬ顔の半兵衛を決め込み、それが現在の派手な衣装の原点だというのである。かかる意味で大阪の人達の行動は、パブリックに近いということになるのだろう。
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2019年05月25日

まことに小さな国が 3

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歴史家でも作家でもないこの爺が、少し気取って「まことに小さな国が」とはじめて今日で三日目。そろそろ潮時だろうが、もう一日だけお付き合い願いたい。
「なぜ植民地にならなかったのか?」
という命題を、爺なりの限られた知識で思案している。
良く知られているように、江戸時代末期の開国で結んだ条約は不平等条約。開国を迫った欧米列強は極東の「まことに小さな国を」、言うならだましたのである。長い間鎖国をしていて、国際感覚の皆無だった幕府のお偉方をだますのは、まさに赤子の手を捻るようなものだったろう。反開国の猪武者達は単に反対を叫ぶだけだったろうし、開国やむなしと判断した指導者達は、後進国の我が国にはその条約も仕方ないくらいしか考えなかったろう。
余談ながらあの生麦事件、日本史でも「我が国は野蛮であった!」と教えるが、太平洋の向こうの国はまだ西部劇の時代だったのだから、野蛮さでいえば、本質的には変わらない。薩摩武士が切腹して見せたのも、文化の違いで、西部劇でよく見る公開絞首刑も野蛮といえば野蛮だろう。話が脇道にそれてしまったが、爺の言いたかったのは、あの時代我が国は卑屈になる必要がなかったのにという反省である。
いずれにしても不平等な条約を結んでしまい、明治維新を迎えたとき
「不平等条約の書き換え!」
が、一つの目標となり「良い国、強い国」を国是として邁進したのである。そして多くの同胞が不平等条約の撤廃のために、真面目に励んだのである。かかる意味であの頃の我が国の人達は大真面目であった、とこの爺は理解している。その大真面目さも植民地化されずにすんだ一因だろうと、思案しているのだが。
ひるがえって、今日の日本。諸外国と対等にふるまっているか?
確かに近隣の諸国には大層居丈高にふるまうが、太平洋の向こうの国には、滅私奉公に近いような感じである。そうすることが国益と国のリーダー達は主張されるだろうが、本当だろうか?
おりしも米中経済戦争が勃発、アメリカ合衆国べったりではいずれ貧乏くじを引いてしまうだろうとは、この爺の予感である。
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2019年05月24日

まことに小さな国が 2

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江戸時代250年間我が国は鎖国をしていた。
この鎖国に関しては、あれこれ批判もある反面、独特の文化を熟成できたと私は考えている。。例えば江戸の町の識字率、世界に類を見ないほど高かったと聞く。
国を閉ざして見分を海外に広めない代わりに、高い教育水準を達成していたのである。
そんな国民が、維新を経て「四民平等」を告げられたのだから、多くの若者達が坂の上の雲を目指したに違いない。そして国是を、「良い国、強い国造り」としたのだから、贔屓の引き倒しでなく、奇跡的な成長を成し遂げ得たのではなかろうか。ただその成長が今度は仇となり、国を滅ぼしてしまうような戦争を世界を相手にしたのだが、それは今回の主題ではない。主題はなぜ我が国は植民地にならなかったという点。
江戸の高い教育水準に加え、欧米列強に見習って、弱い国を踏み台にしたことも大きかろう。具体的には日清、日露の両戦争を経て、大陸に居留地を作り、半島を併合した。これで欧米列強は、我が国にちょっかいを懸けなくなった。加えて明治維新の頃のアメリカ合衆国は、南北戦争を終えたばかりで、自国の運営に重きを置かねばならぬ状態だったことも大きかろうとおもう。早い話、いろいろな要因があって、我が国は明治維新ののち植民地化されずに済んだのである。僥倖というべきか、それが仇で国がなくなる寸前まで行ってしまったというべきか。というのも、今日の我が国確かに経済的には恵まれてはいるけれど、ついつい本当にこれでいいのかと、考えさせられることが多いからである。
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2019年05月23日

まことに小さな国が

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朝日新聞インターネト版の記事、
「なぜ日本は植民地化を免れたか 世界の中の明治維新」
を興味深く読んだ。この命題は私自身の中でも、思い出した様に繰り返し現れてくる。
大国だった清国をはじめ、東南アジアの諸国がほとんど植民地となった。
私の住んでいるシンガポールだって、マレーシアの一部として大英帝国の植民地であった。
そんなアジア諸国の「体たらく」を思うとき、我が国が明治維新後比較的短期間の間に、列強の一国に名を連ねたのだから、奇跡というほかはない。司馬遼太郎さんの坂の上の雲によれば、
「まことに小さな国が・・・。」
ということになるのである。
まさか西郷隆盛や大久保利通が、偉かったからというのは解ではあるまい。
ましてや、伊藤博文や山県有朋なんぞではとてもとてもだろう。
ただ明治維新後、指導する側もされる側も、「良い国、強い国」を目指したのは事実だろう。右寄り思想の方なら、大和民族が優秀だからと短絡的に結論づけてしまわれるだろうが、それなら今日の我が国の主体性のなさ、アメリカ合衆国に依存しすぎる体制をどう解釈されるのだろう。今日の我が国、大仰に言うなら第51番目の州と陰口される時もあると聞く。だから大和民族は抜きんでて優秀な民族である筈がないのである。 
我が国には欧米列強の必要とする資源がない、我が国は大陸から離れた島国、等々の理由もあげられようが、これらとて本質的ではなかろう。記事の一部にあの当時の我が国の政治の曖昧さ「将軍と天皇」を挙げている研究者もいたが、これとて専門家の解釈の割には、はなはだ理解が浅いような気がする。江戸幕府の官僚機構が、そのまま明治政府の官僚機構の取り込まれたとは言えないまでも、明治政府の立ち上げが比較的うまくいったのには、江戸幕府の官僚機構に負うところが多いとも聞く。それゆえ国を挙げての、「良い国、強い国」を国是とできたのだろうとは、素人ながら理解でもある。(この稿続く)
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2019年05月22日

貴景勝我慢しろ

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新大関貴景勝、膝を負傷し休場。
と思ったら二日後には再出場して、なのに土俵に一日上がっただけで、またまた休場である。そもともと三週間の治療という診断が出ていて
「無理はさせない。まずは完治、来場所に再起をかける。」
という触れ込みがあった筈。この爺とて日本人故、
「新大関の今場所、期待に沿って活躍したい。」
という気持ちは痛いほど分かる。ただその意気込みが先走りしすぎて春に引退した元横綱稀勢の里の教訓が、まるで生きていないんちゃうかとも思う。
大相撲協会にとっては、待ちに待った「純和製」の大関じゃないか。
元号が変わって、大相撲協会も大相撲狂もその活躍を期待し、「令和の星」なんて呼び名まで出るありさまだったのに。
だからこそ、出たり入ったりのドタバタが気になる。気になるというより気に障る。
願わくば、期待の大きさに押しつぶされることなく、相撲史に残る力士に成長してほしいものである。

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2019年05月21日

プールの事故

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インターネット版の新聞で、
「プールでの飛び込み事故」
の記事を読んだ。飛び込みは禁止されているらしいが、それでも飛び込んでプールの底に激突、脊髄を損傷という記事である。記事に出ていたのは随分と前の事故とその当事者ながら、この種の事故は今日でも後を絶たないらしい。そしてこの爺にも、58年も昔の苦い思い出がある。思い出があるというよりは、正確にはこの記事を読んで思い出がよみがえったのである。
この爺の育ったのは大阪府南部の田舎都市で、中学校に入るまでプールなんぞというハイカラなものはなかった。だから夏ともなれば、池や川で泳いだものである。それが中学2年だったか3年だったかの夏に、通っている中学校の向かい辺りに市営プールができた。そもそも池や川で泳ぐことは禁止されていたのだが、子供達はそんなことにはお構いなしで遊んだものだ。ただプールの開設と同時に、中学校の教師の締め付けが一層厳しくなり、我々悪童たちは炎天下を30分ほど歩いてプールに出かけることを余儀なくされた。
その最初の日、私はプールの底に激突したんこぶを作った。ただ泳ぐための飛び込みで比較的鋭角で飛び込んだことも幸いし、脊髄損傷といった事態には至らなかった。
このことを思い出したのと同時に、脊髄を損傷するほどどうして強く激突するのだろうと、いささか不思議にも思った次第である。
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2019年05月20日

三連休

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ここシンガポールでは、今日は国民の祝日。Vesak dayというそうで、お釈迦様の誕生日。正式には昨日4月15日(旧暦)なのだが、例のハッピーマンデーのおかげで、土曜日を含め三連休となっている。まぁ70歳の身には、本当に良い骨休めの三連休である。
何度かこのブログでも述べているように、この国は中華系、マレー系、インド系の三人種に平等となる政策で、今回はインド系の祝日ということになろう。ただこの爺にとって若干難儀なのは、祝日がすべて「旧暦」にのっとってであり、年毎に日が変わることであろうか。かかる意味では、マレー系のラマダンは、モスリム暦故毎年4週間ずつ早くなり、10年余りで一周する。この地に来た年には、記憶に違いがなければ11月頃だった。その点中華系の正月や、イースター、それにこのお釈迦様の誕生日は、一か月程度の前後で、言うなら季節感(といってもこの地ではもともとないけどなぁ?)は、あまり変化しない。それに比べラマダンは、10年余りかけて一年を巡るので、本来なら変化に富んでいるだろうに。
もう20数年も昔、インドネシアのボゴール郊外での誘雷実験の折は、確かラマダン期であった筈。あの折が私にとって最初のイスラムとの出会いである。その後エジプトにも赴任したし、思えばイスラムとの付き合いも随分長いなぁ。
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2019年05月19日

讖緯思想

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昨日の余韻から。
十干十二支、たぶん古代中国人の考案なのだろうが、実によくできていると感心する。今年の我が国日本の元号の改元で、その印象が特に強い。というのも、古代中国当時は今日のような「西暦」なんてものはないし、世界も小さかったからでもあろうが、それでも「一年」という認識はあったろう。だから何年か前の出来事、何年か後の計画といったことを考えるのに、「甲子から始まって癸亥で終わる」60年は、当時の平均寿命よりはいくらかは長いこともあって、十分に機能したろう。これにこれまた彼らの考案になる元号と合わせれば、確実に年を特定できることになる。
確か高校の日本史で「讖緯思想」というのを習ったはずで、17条の憲法が甲子の年に当たり、そこから逆算して神武天皇の即位年を作り上げたのだ、と教わった記憶がある。少し話が飛躍してしまったが、
「歴史は60年毎に繰り返す。これは小さな繰り返しで、60年の21回分1260年で大きく歴史の展開が変わり新しくなる。」
といった内容であったと記憶している。つまり歴史の教師の仰りたかったのは
「神武即位後皇紀2600年(昭和15年)なんてものは、歴史的には甚だ怪しい!」
と、教えたかったのだろう。
まぁそんな批判的な話はせておき、60年をひとくくりにする年代の数え方は、中国の発送。そして時代は移り変わり、モバイルの5G論争、これまた中国が合えりか合衆国を一歩リードとは、やはり歴史は繰り返すようである。
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2019年05月18日

アメリカ人は田舎者

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職場に、韓国から二人客人が来ている。
聞けば親子とのこと。親父さんは65歳、息子さんは29歳。
親父さんが会長で、息子さんが社長というから、二年ほど前話題となった我が国のあの家具屋を彷彿とさせる。ただ現時点では、二人に意思の疎通は取り立てて問題があるようには思わない。
まぁそんなことはともかく、親父さんが達者な英語を話し、あれこれ会話ができるのに、どうも息子さんはいまいち英語が達者で無いようだ。韓国の若者はみな英語が達者だと思っていたがそうでもないようだ。それにもう一つ。ほとんど漢字が理解できないようで、このことも驚きの一つ。1950年頃、韓国政府がハングルの公用を定めたとか、依頼小学校や中学校の授業では、主がハングルで漢字が従になっているそうな。
ちなみに私たちのやり取りを見ていたアメリからの客人、
「お前たちの文字はよく似ているなぁ!」
と、口をはさんできた。漢字は本来中国のもので、韓国にとっても我が国にとっても
「漢字は借り物!」
ということをご存じないらしい。止むを得ずそのことを説明したが、何やらつまらなそうなリアクションで、上の空である。まぁこのあたりが、アメリカ人が田舎者である証拠と、皮肉屋の爺はりかいしているが・・・。
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2019年05月17日

逃げ場のない話

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古い友人が我が家を訪ねてきてくれた。
古いと言っても当人は30代前半で、2016年まで同僚だった。
私がこの地にやってきたのは2013年9月だから、同僚だったといってもわずかに1年数か月。その間御当人は3か月間イタリアに留学していたから、同僚だった期間は1年余りに過ぎない。ただシンガポールに来た当初から、雷の観測についての議論をあれこれ行い、私がBOLTと呼んでいる装置の,子局に関してはほぼ理解できている筈である。そんなこともあって、現在は子局の製作に関わってもらっており、大仰ながらこの地右腕になりつつある。
ご本人はこの関係で博士の学位を取りたいと願っているようながら、定年退職した我が身には博士の指導権限は全くない。だから弟子の誰かに指導を頼まねばならず、指導できる候補者は少なくとも3名入る筈で、BOLT稼働の進捗と合わせながら考えていくしかあるまいというのが現在の理解である。

一月に父親に虐待されなくなった女の子の公判の内容を読んだ。その虐待ぶり、何としても許しがたい。逃げ場のなかったその女の子のことを考えれば、70歳の爺の目頭がついつい緩む。月並みながら、こんなことの二度とないことを祈りながら、・・・。
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